受験生・高校生のみなさんへ
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昭和62年度対校より
投稿者:
長崎県立大村高校出身
投稿日:2007年10月 4日(木)00時45分16秒
返信・引用
私は長崎県の大村高校卒で、昭和62年度の対校選手です。理科1類に入った後、土木工学科に進み、某建設会社に入社して、主に現場を渡り歩いて国内で9年、海外で10年、仕事をしています。今はベトナムのホーチミン市で工事をやっています。
受験勉強は高校2年の半ばから本格的に始めました。「大学への数学」をめくってはそこにある問題をどうやって解くかばかり考えていました。いい参考書はないかと、エール出版の合格体験記などをよく見ていました。時々博多まで出かけて参考書を買いました。模試は夏に東大入試オープン、冬に東大入試実践模試を受け、夏はあまりよくなくてがっかりしましたが、それまでのやり方はおかしくないはずと思い直し、得点力を上げるべく10月頃からオープンの過去問題を時間を決めてやりました。これで時間配分を覚え、解ける問題から落ち着いて取り組めるようになりました。冬の実践模試はよい出来で、1月2月も引き続き準備し、合格しました。
ボート部に入り、新人、ジュニアを経て、対校1年でフォア、対校最後の年は、シーズン初めはセコエイトの7番を漕いでいました。ランニング・筋トレなどできる限りのことをやって、このシートで最後の大会まで漕ぎきろう、という気持ちでいました。暇があると自分達の漕ぎをビデオでチェックし、過去の代、特に56年度、57年度対校のビデオを繰り返し見ていました。55年度対校の16mmフィルムを見つけ、部屋を暗くして見て感動したのも覚えています。しばらくしてチャンエイトのバウに座ることになりました。俺でいいのか、と思いながらも必死で漕ぎました。この艇は足蹴りでドーンと出て、すごいクルーだ、とひとごとのように感心していました。ユニバーシアードの日本代表になりユーゴスラビアに行きました。インカレも優勝しましたが、決勝のレースで1000mぐらいからジリッ、ジリッ、と中央大学を引き離していったのは実に痛快でした。次の日の全日本は、最初から全力で出ればよかった、と悔いの残るレースで4位に終りました。
東大に合格する、またはインカレで勝つ、全日本で勝つ、というのは私にとって当時の大きな目標でしたが、私がその時やったのは、問題を解くために何をすべきか、ボートを速く進めるためにはどうすればよいか、ということを日頃から考えること、そして日々それを実行すること以外ありませんでした。会社に入ってからも、努力してうまくいったこと、努力しないから当然うまく行かないこと、やる前から諦めたこと、など、いろんなことで様々な思いをしてきました。今後も「これだけは何とかしたい」ということは、時間の許す限り諦めずにやりたい、と思っています。
受験生の皆さんには、一浪しても二浪しても諦めずに東大ボート部を目指してほしいと思います。他の大学には行かないで下さい。皆さんの身体能力のピークは21、22才でなくて23、24才かもしれないので、それを東大ボート部で迎えて下さい。昔を知るOBの切なる願いです。
漕歴10年目を東大ボート部で
投稿者:
TI@浜松北高校
投稿日:2007年 9月28日(金)12時45分14秒
返信・引用
文科一類1年の漕手です。
中学・高校とボート部に入っていました。中学のボート部がかなり強い部で、僕自身全中の決勝まで行けたこともあり、高校でもボートに打ち込みました。
高校では、3年生5月末の引退まで、エネルギーのほとんどをボートに費やしました。しかし、インターハイ出場という、今思えばさほど高くない目標でしたが、県内の強豪に阻まれ、それを果たすことはできませんでした。
引退するまでは、勉強らしい勉強といえばZ会の通信講座くらいのものでした(とはいえ毎年5教科ずつくらいはとっていましたが)。平日の帰宅後の空いた時間や、週末を利用して提出していました。動機の半分以上が努力賞目当てと惰性でしたが、授業の予復習を全くしなかった自分の、ほぼ唯一の勉強機会としてそれなりに役立っていたと思います。
引退後は、夏休みに入ってから勉強をはじめました。
うちの高校は9月中旬に運動会があり、3年生は夏休みの多くをそれに費やします。僕も端役ながら役職にあずかり、話し合い・練習には積極的に参加することになりました。が、それまで規則的な勉強習慣のなかったので、さしあたり「1日8時間勉強する」という決まりをつくり、休養日にした1日を除いて、どんなに時間がない日も8時間こなしました。
基本的に早寝早起きを心がけていましたが、夏休みの間だけは、8時間のノルマのために午前2時まで勉強したりしていました。
夏休みから受験直前期まで、5時に起きて7時まで勉強、ごはんを食べて学校に行く、放課後学校で6時か7時くらいまで勉強、帰宅してご飯を食べ、9時か10時まで勉強、というのが一日の基本パターンでした。
やはり朝勉強するのはお勧めです。集中力が違います。それから僕は基本的に誘惑の多いところでは勉強できない人間なので、できるだけ学校や図書館にいくようにしていました。
他には、運動でストレス発散するのも大切だと思います。僕は週2,3回、6キロ程度のランニングをしていました。どんどん衰えていく体力に、走るたびにショックを受けていましたが・・・
予備校には模試のとき以外はいきませんでした。Z会を柱に、赤本や参考書で勉強していました。個人的には自分でやったほうが予備校の先生の話を聞くよりずっと効率がいいと思います。この辺は人それぞれでしょうが・・・
細かい話になりますが、リスニング対策は12月中か1月の頭に始めるといいかと思います。はやめにやらないとかなり難しいですが、やっておくと簡単です。しかも毎日たった10分の努力でできるようになるので。方法・教材などの質問があったらいつでもお答えします。リスニング以外、英語以外でも、勉強の方法など相談には答えられます。その辺は1年生なのでまだ記憶が多少新鮮ですから。
話があちこち飛びました。
僕は受験勉強を始めて1か月の、夏休みの終わりの東大オープンでA判定がとれました(形式にも慣れておらず手ごたえは最悪でしたが)。一日8時間なんて勉強したのは初めてでしたが、やればできます。危機感と自信があれば1か月で合格レベルまでいけるんです。
朝勉強できるのはそれだけで有利ですが、オアズマンは当たり前のようにそれができます。有利なんです。
ノルマ(練習)を設定して、それをこなせば結果はついてきます。オアズマンならこなすのは余裕です。勉強はボートより楽です。
相談・質問には喜んで応じます。来年同じ艇を漕げることを祈っています。
時間がとれないなりの戦い方
投稿者:
立石
投稿日:2007年 9月22日(土)09時37分47秒
返信・引用
法学部3年の漕手です。今年度の主将を務めています。出身は埼玉県立の川越高校です。
僕の高校時代はサッカー漬けの毎日でした。朝6時に起きて学校に行き、朝練をしてから授業、授業が終われば日暮れまで部活、という生活スタイルでした。家に帰るのはだいたい9時ごろで、飯や風呂、練習道具の洗濯や手入れが終わるころには11時になっていて、そこから1時間授業の復習をするのがやっと、という感じでした。土日はと言えばほとんど練習試合で一日つぶれ、文字通り勉強するヒマがありませんでした。
僕の所属していたチームは1月の全国高校サッカー選手権に照準を当てていたので、3年春のインターハイ後も部活に明け暮れていました。最終的にチームは県予選の決勝トーナメントまで進んだものの、一回戦で優勝候補の筆頭だったチームに延長の末敗れ、ベスト16という結果に終わりました。11月1日でした。
引退後、はてどうしたものかと思い悩みました。東大入試まであと4ヶ月弱。しかし過去問を解いたこともないし、社会も日本史しかできない。受験予定の地理は一年生のときにかじった程度で、まったく使いものにならない。というか週一で予備校の講義を受けていた英語以外はまるで使いものにならない。
結局、4ヶ月の付け焼刃では本当に使い物にならず、僕の現役東大受験はあえなく失敗に終わりました。
その後1年の浪人生活を経て東大に合格したわけですが、予備校に通いだした途端、自分の受験的知識のあまりの少なさに愕然としました。「基礎」として教わることですら初めて聞く知識ばかりで、自分が受験の土俵に上がりすらしていなかったことに気づきました。
情報収集と戦略。僕に決定的に欠けていたのはここでした。合格してから現役時・浪人時の入試の点数を開示したのですが、現役時は文1の合格最低点ー15点、浪人時は合格最低点+60点でした。
蓋を開けてみればこんなもんなんです。僕の実感から言えば、浪人してからの地力の伸びは40点分くらいで、あとは小手先です。つまり、4ヶ月の付け焼刃が使い物にならなかったのではなく、付け焼刃のやり方がまずかったのです。しっかり情報収集して、実力に見合った戦略を練っていれば4ヶ月での東大合格も可能だったような気がしています。
部活で勉強時間が確保できない公立高校生はたくさんいると思います。勉強するヒマもないし、(良いかどうかは別にして)学校の授業が受験に特化していないので、授業だけ真面目に受けていてもセンター試験ではまぁ点が取れるものの、二次試験に直結しない。
そういう人は、まず徹底的に情報収集してください。入試というものを知り、受験の土俵に上がってみてください。東大入試に限って言えば、公立レベルの基礎をしっかりおさえている人は、受験的な戦い方さえ身につけてしまえば合格できてしまいます。
僕は浪人しましたが、公立高校の雰囲気と受験界そのものの空気の差を肌で感じたので、現役の受験生にも有効な助言は可能かもしれません。いつでも相談は受けるので、気軽に連絡してください。
早く寝ること、専門家にならないこと。
投稿者:
SN@浅野高校
投稿日:2007年 9月15日(土)21時57分9秒
返信・引用
僕は法学部三年のマネージャーです。
現在、東大漕艇部で主務(チーフマネージャー)をやっています。
小学校から高校まではひたすら部活のバスケに打ち込んでいましたので、勉強は中間試験や期末試験前に一夜漬けをするといった程度でした。当然、学校でも成績は悪くはありませんでしたが特別に良くもないといった感じで、高2までは他の国立大学の受験を考えていました。結局東大を受験することに決めたのは、「最高学府」への漠然とした憧れぐらいのものです。
東大を受験することに決めてからは、自分の現状と、高3の2月に到達していなければならない目標とのギャップに愕然とし、それまでの遅れを取り戻すために部活を引退してからは徹夜に次ぐ徹夜をしました。
しかし、1学期に受けた予備校の模試の判定でE判定を取ってからは、路線変更しました。というのも、いくら部活で鍛えた体だからといって、そのまま受験生活に活かせるかというとそうでもないからです。受験は長期戦です。9月以降は遅くても12時には寝るように心がけました。こうすることによって体調管理にも奏功しましたし、やらなければいけないことを後回しにしないという習慣が付いたように思えます。
早く寝るといったことと同時に僕が心がけたのは、「最低点で合格する」ということです。受験は受かったもの勝ちなので、最高点で合格する必要などありません。僕などは自分の頭の平凡さを痛切に感じていましたので、東大受験生のうち1割しか正答できない問題ははなから捨て、東大受験生のうち5割の人ができる問題を落とさないということを心がけました。具体的にどういったことかと言うと、例えば世界史などで、マニアックと判断されるような人名、年号等は記憶しようとさえしませんでした。
この心構えによって、基本を大事にする姿勢が身についたように思えます。東大の入試問題は特別な知識が必要ということは少なく、ほとんどが基本的なことの組み合わせだったりするので、基礎力があって取りこぼしが少なければなんとか合格できるのではないでしょうか。
その他にもいろいろと書きたいことがありますが、長くなってしまったので今回はこの程度とします。ご質問等あればなんなりとお寄せください。
部活に打ち込んできた受験生へ
投稿者:
HN@松江北高校
投稿日:2007年 9月 9日(日)16時29分16秒
返信・引用
僕は理科1類2年の漕手です。
島根県の松江北高で硬式野球部に所属し、3年の夏の大会まで甲子園を目指して練習していました。
高校時代、高校は勉強もですが、自分の中では野球の占める割合が高くて、朝練をしたり部活の時間が終わっても残って自主練習をしたりと強豪私立高に負けないように必死に頑張っていました。
しかし、県予選で私立高に負け、目標とする甲子園には行けず僕の夏は終わりました。
そして8月、ここから本格的に受験勉強をスタート…させるつもりでしたが、8月中は部活の後輩の指導や練習試合の審判を伝統的に引退したての3年生が交代でやっていたのと、9月の頭にある高校最後の学園祭に向けて僕はクラスのリーダーとなっていたのでそこへ尽力したことで忙しく、結局本格的な受験勉強は9月の半ばからでした。
周りは6月に部活を引退し一足も二足も先に勉強を始めている。しかも東大には中学から東大を目指して勉強してきた奴も受験する。担任には「今年はチャレンジ、本番は来年」とも言われました。夏の忙しい時に受けた東大模試は歯が立たずE判定でした。
でも、僕は焦りませんでした。それは2年半の野球部生活で得たものは受験勉強にもつながると思っていたからです。
実際、部活と受験勉強は似ていると思います。「甲子園出場」や「東大合格」といった目標があり、大事なのは基礎の徹底、反復練習。うまくいくときは楽しいがスランプはツライ。でもそこに耐え、目標を見据えて我慢強く練習、勉強したものが最後に笑う。そっくりでした。
苦しい時期も野球部仕込みの根性で乗り切り、11月の模試ではC判定をとり、センター試験後もギリギリまで力を伸ばし続け、結果的に現役で理1に合格しました。試合は終わるまで諦めない、野球は2アウトから、といった精神が活きました。
この掲示板を見ている人の中には、もしかしたら部活をやっていたことが東大入試には不利なんじゃないかと思っている人がいるかもしれません。でも僕はそうは思いません。むしろ有利なのではないかと思います。大事なのは部活に打ち込んでいたエネルギーを今度は勉強へ向けること。それさえできれば東大入試も怖くありません。
東大は自分を高めるには最高の場所です。みなさんの合格を心から願っています。自分にできることは協力します。どんどん活用してください。
青森からご連絡いただいた方へ
投稿者:
監督 水田茂夫
投稿日:2007年 9月 7日(金)23時21分25秒
返信・引用
ご連絡ありがとうございます。
いただいたメールに早速私から返信しましたが、docomoの貴アドレス宛のメッセージが届いていない旨の表示が出ております。他のメールアドレスをお持ちならば、そちらから再度、私宛に送信いただければ幸いです。
お役に立てるように部員一同の力を結集してお手伝いをします。ぜひ東大入試を突破してください。一緒に頑張りましょう。
東京大学漕艇部監督
水田茂夫
東大へ。そして東大ボート部へ
投稿者:
KY@膳所高校
投稿日:2007年 9月 7日(金)04時49分20秒
返信・引用
私は現在文科3類2年の漕手です。
滋賀県膳所高校のボート部に入っていました。
私は中学からボートを続けていて、高校でも深く考えずにボート部に入りました。
しかし高校では記録が伸び悩み、結局選抜やインハイには出場できませんでした。
高3の7月、最後のレースを終えた直後は「自分はやれるだけのことはやった」と納得し、
もうボートからは離れようと思っていました。
引退後は勉強に専念しました。
私は特に塾などには通っていかったので、参考書で基礎固めを徹底的にやりました。
今ぐらいの時期も焦らずに基礎を中心に勉強していました。
周りに東大志望は自分だけでしたが、
部活での努力を思い出せば長時間の勉強も苦になりませんでした。
でも同時に、何か物足りなさを感じていました。
一度は諦めたボートですが、
もう一度がんばって、トップレベルで漕ぎたいと思い始めるようになりました。
それに、私はボートを漕いでいる自分が、一番好きだということに気付きました。
それからは東大に入ってボートを漕ぐということが目標になりました。
東大ボート部を調べてみるとイメージに反して、
かなり実績のあるしっかりした部だという事も分かり、
「ここならもう一度頑張れる」と思いました。
そしてギリギリでしたが、なんとか現役で合格することが出来ました。
これは最後の最後、試験が終わるまで諦めなかったのが良かったと思います。
そして今、私は東大でボートを漕いでいます。
一年間でエルゴ2000の値は20秒近く伸び、確かな手ごたえを感じています。
高校でもう限界までやりつくしたと思っていたのに、
大学ではその先を体験することが出来ました。
東大ボート部は努力し、考えた分だけ結果が出る部だと思います。
私も勉強を始めたのは引退後からです。諦めなければ今からでも十分合格できます。
もし質問などがあれば気軽に書き込んで下さい。
私に出来ることがあれば全力でお手伝いします。
高校ボート部から東大ボート部へ
投稿者:
TK@沼津東高校
投稿日:2007年 9月 6日(木)23時04分52秒
返信・引用
私は、静岡の高校ボー卜部を経て東大ボー卜部で4年間を過ごしたOBです。
このたび、ご指名を受けましたので私の受験体験談を投稿します。
私は高3の8月までボートにハマッており、大学の志願先も決めていませんでした。
今から思えば、部活のために学校へ行っていたようなものです。
仲間や指導者に恵まれ、最後の年には春の全国選抜と夏の全国インターハイに出場することができました。
インターハイの準々決勝で敗れた直後はやりつくしたように感じていたのですが、
最終日の準決勝や決勝を岸から見ているだけしかなかったときに強く物足りなさを感じ、
ボートを離れてしばらくして、「やっぱりもう一度、大学でもやりたい」と思い始めました。
高校に届いていた私学の推薦要項を見ると(当時は)身長や高校時代の実績などの条件があり、
172cmで大した実績もない私では門前払いだったので、
やるなら強いエイトに乗りたいから国立で一番強いのはどこかと調べたところ、
その年にインカレエイトで国立最上位だったのが東大でした。
私が東大を受験の対象として意識したきっかけは、「ボー卜部が強いから」なのです。
「よりによって東大か…」と一瞬ひるみましたが、妥協して弱いところでやるのも嫌だったし、
浪人したら体力も落ちるから現役で合格しなきゃと頑張りました。
秋に受けた模試はことごとくD判定で、先生からも「現役では厳しい」と言われましたが、
ボートを始めた頃も県大会予選落ち連発で選抜やインターハイは遠い夢だったわけだし、
E判定じゃないだけマシだろうと思うように努めました。
私の場合は、時間がなかったこともあって、参考書や問題集はあれこれ手を出さずに
各科目一つに絞って繰り返し読んだり解いたりして身につけました。
それから、模試のときはあえて直前には何も勉強せずに素で受けて、
できたところは得意なところ、できなかったところが苦手なところと分類して
その後の勉強の戦略を修正していきました。
そうしてあきらめないでやった結果、東大の文一に合格することができました。
その後の大学ボー卜部生活がいかに充実していたかは、書き出すときりがないのですが、
エルゴの記録も2000Mで30秒以上伸び、インカレエイトの決勝やなしフォアの表彰
台も経験でき、
ボートの面白さもより一層わかり、何より本当に多くの知人・友人を得ることができました。
高校でボートを終わりにしないで本当によかったと今でも思っています。
高校3年生の皆さん、やり方しだいで今からでも十分に間に合います。
東大の現役部員たちがいろいろコメントしてくれると思うので、
その情報も参考にしつつ、自分に合ったやり方を見つけて頑張ってください。
大学受験を目指す諸君に
投稿者:
監督 水田茂夫
投稿日:2007年 9月 5日(水)20時44分50秒
返信・引用
東大の受験準備に際しては、「親身な先輩の助言」がきっとお役に立ちます。東大漕艇部では、ボートを経験した諸君が東大を目指し、首尾よく合格することを支援するために、部員による受験の助言活動を始めます。今後、このブログ上に、さまざまな出身高校、学部、学年の部員がそれぞれの合格体験記を掲載し、東大受験に関する情報を提供し、受験生の皆さんからご質問があればその回答も掲載します。また、個別の相談を希望される方には、志望科類等を配慮した上で適切な部員を専任アドバイザーに定め、メールや電話を通じたキメ細かい相談にも応じます。ご希望の方は、私宛てにその旨をお知らせください。(私の名前のリンクからメールをお送りください。)私から、より詳しい説明をお送りします。
以上は、ボートの先輩としての善意による助言であり、費用等は一切不要です。入部する義務もありません。このブログ上に投稿される場合は、諸君の個人情報保護のために、学校名や本名は伏せて、イニシャルやニックネームを使用してください。(例:静岡県N高校、ちびまる子)
末筆ながら、大学受験における諸君の健闘を心から祈ります。
東京大学漕艇部監督 水田茂夫
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